昭和五十七年七月三十一日 朝の御理解

御理解 第六十六節 人間は勝手なものである。いかなる知者も徳者も、生まれる時には日柄も何も言わずに出て来ておりながら、途中ばかり日柄が良いの悪いのと言うて、死ぬる時には日柄も何も言わずに駆けっていぬる。

 寝ても覚めても金光様、と言うのはただ金光様金光様を唱えたり、言うたりしておるというだけでなくて、教えに基づく行き方を身につけていく事の為に寝ても覚めてもである。ね、ただおかげを頂かねばならないから寝ても覚めても金光様を唱えております、というのでは本当な事ではないと思う。いわゆる教祖がここにおっしやっておられる、人間は勝手なものでとこうおっしやるね、ただおかげを頂く為に金光様では、それこそ勝手なものである。その教えを頂く、行ずるという事、神様の願いをまた神様の思いをわからして頂けば、頂くほど寝ても覚めても、その事に終始するできる、、、、そういう信心を人間は勝手なものでとこうおっしやる、勝手でない、信心頂いてるおかげでの生活が出来ると思うです。
 ね、まあ、合楽で言われるように、人間は土より出て土に帰る、と言われるのであるから、その道中とてもやはり土の心に徹する行き方、いわゆる教えに徹する行き方、という意味なんです、教えに徹する行き方、そこに人間は勝手なものでとおっしやる、勝手ではないという事になるのです。寝ても覚めても、、、、。昨日九時から六代目菊五郎の、もう十五、六年も前でしょうかね、亡くなられた方、名優でしたが、その方の何か昔のそれをテレビで見せておりましたが、もう本当にやはり名人であったという事ですね、もうその事だけしか考えない、もう踊りとお芝居の事だけしか考えてない。
 ある時、何とか公演に行って、そのルンペンのおじさんが着てる半てんが気に入ったというて、も、それは新しい半てんをやって、その取り換えてくれと、したらそのルンペンが言う事は、そんな新しいのではルンペンの、、、が出来ないというたという笑い話がある、それを無理にその取り換えてもらって、そして五、六年後、何かあるお芝居の時にその半てんを着て出たという、もうとに角凝り性といや凝り性ですけども、もうその事だけしか考えないね、だからあんな素晴らしい踊りやらお芝居が出来たわけでしょうが亡くなる時の辞世も、踊って踊って踊りぬいてあの世までも踊り続けんといったような、それが辞世であるね。
 私は昨夜お夢を頂いておった。一晩中頂いておったような気がしたけども、とに角私が朝の御祈念の時に、御祈念をさして頂く通りの事を一生懸命、夢の中で御祈念をしておるんです。そしてまたそれこそ夢ぢゃないですけど、夢の中でです、寝た間も御祈念をさして頂いておるという事が、とに角有難いとして、感涙にむせんでおるお夢であった。お夢の夢の夢ですね、私が御祈念をさしてもらう、それを同じ風にです、夢の中で一生懸命御祈念をしてるんです、そして夢の中で目が覚めてまた夢が続いておるわけです、そして寝た間もこうして御祈念をさして頂いておるということが有難いと自分で感涙にむせんでおるお夢であった。
 私は寝た間もというのは、そういう事ぢやなかろうかね、もうそれこそ、この世だけ信心、そしてまずこの世で徳を受ける、もうとにかくお徳を受けるという事は霊の世界に入ってもやはり頂き続けていかねばならん、為には、その基礎である基盤になる、信心をガッチリと頂いておかねばならん、ただ御利益があらたかですよ、といつたような神様からね、本当に生まれる時と死ぬる時、日柄も方位もいわんで生まれて来てまた死ぬる時にも日柄もいわずに、走っていぬるとこうおっしやるようにね、だけではなくてね、生まれる時も死ぬる時も神ながらなら、その道中とてもやはり神ながらな行き方をしなければいけない、その神ながらな行き方が合楽理念ではいろんな角度から説かれるわけであります。
 日々いうならば、信心の稽古いわゆる教えの実験実証である。それこそ熊谷さんぢゃないけれども、今日もあの世へ持って行けれる物を頂いたとこういう、実験、、、教えがわかっただけぢゃ教えだけぢゃでけん、その実証こそあの世に持って行けれるのである。寝ても覚めても私は教えに取り組んでおるという行き方ぢゃなからなければ到底出来ない事だとこう思う、おかげがあらたかだったといったような事で一生を終わったんではね、それこそ勝手なものでという事になるのぢゃないでしようかね。寝ても覚めても金光様、ただ寝ても覚めても終始教えに基づいた行き方ね。
 しかもそれは、この世だけではない、あの世までも踊り続けんと菊五郎が言ったというようにですね、この世あの世を通して信心の稽古が出来るという、その基本になるものを身につけとかなければならんんと思うですね。   どうぞ